●とろい
んだそうです・・・(笑)。
実家の母には、「これでホントよく世間で、ちゃんと社会人やってるわよねえ」って、冗談半分で?言われたりします。総領の甚六(←女なのにヒドイ)、「とろちゃん」って呼ばれたことも(爆)。・・・そ、そんなにトロイかな、わたし(汗)。
基本、理路整然とモノゴトを考えることが好きで、感情的というよりは理性的。けっこう客観的なタイプだと、自分では勝手にそう思っていたのですが・・・うむむ。きっちり納得できる理由、状況説明がないと、気持ち悪いと感じるタイプなんですが。。。
「歳をとったせい」
「イギリス生活が長いせい」
あたりを、言い訳にしようかと思います(単なる逃避だよん、笑)。
昔はもっと、いろんな意味でテキパキしていた(ような気がする)けど、今はねえ。きっちりモノゴトが解決しないストレスや、世の中が自分の思うとおりに動かないストレス(そんなのきっと誰でも体験してるでしょうが)。
そんなものに、いちいちキリキリと腹を立てるのにも、ちょっとばかり疲れました(笑)。それで血管がぶち切れても、誰も責任を取ってくれないしね。怒ったり、理不尽さに抗議したりして、それで事態が好転するなら、いくらでもジタバタしますが、そうじゃないときは、マジ不毛ですよね~。
そんなわけで、気がついたら、すっかりアバウトな?性格になってしまいました(笑)。トロイくらいで、いいじゃない(笑)。がんばるけど、がんばりすぎない。我慢できるけど、しすぎない(我慢が美徳とは思わないです)。
・・・現実的ってことかしら?
そんで、他人に過度な期待はしない。自分の努力が報われなくても、(なるべく)爆発せずに、肩をすくめてやりすごす。そのかわり、自分に関しても、ちょびっとユルくなってみる、みたいな。妥当な落とし所を、この歳になって、ようやく見つけた気分です(笑)。
これって、寛容と言えば寛容ですよね(笑)。まるくなった、と言えないこともないかも(えっへん)。でも結局、自分がカワイイだけなのさ(という自覚はあります)。
なんだか、支離滅裂ですみません!
●週末はずうっと
歌を、ふんふんと歌い続けていました(爆)。
そらもう、オペラのアリア(なぜかいつもテノールの歌ばっかりなのが笑える)から、1980年代の懐かしい歌謡曲から、ふれでぃのヘンな歌から、ボウイさまのリズム感(のなさ)の真似から、某・宇宙戦艦ヤ○トの挿入歌まで・・・。
※ちなみに「愛よその日まで」、どこを探しても見つからないです(しょぼん)。CDでもDVDでもいいんですけどね、これはけっこうな難関のようです。
否応なく聴かされて逃げ道のない小鳥さんは、さぞ大変だったでしょう。。。ううう、ごめんなさい。でもホントに、止まらなかったんだもん。おそらく、(劣悪な音質の)レコードが壊れたと思って、がまんしてたんだろうな~(苦笑)。
情けないことに、YouTubeとウィキペディアの取り合わせは危険だと、しみじみ悟った週末でした(笑)。
●余計なひとこと
ちなみに昨日のブログで、さんざん木原敏江さんを持ち上げましたけど(笑)。彼女(の作品)ってアレです、すでに大昔すぎて、美しい青春の思い出になってしまった「初恋の人」です(笑)。キレイではかない、あまずっぱい記憶です(苦笑)。あんまり美化されすぎて、すでに現実を見失ってるかもしれません。
それに比べると、「春抱き」は(わたしにとってはね)非常に生々しい現実です(笑)。生々しすぎて、ときどきアブナイです、実際。キレイではかないどころか、とっても図々しくわたしの人生を支配してる、一種の暴君みたいなもんです(笑)。
(それに好んで隷属してるのよ。)
岩城さんへの愛情ってのは、(わたしの場合)あんまりにも重たくて、圧倒的で、えろくって、果てしなくて、ドロドロしてて。小説にしてるのは、その中で、「この程度までなら表現できる」(=わいせつ罪にならない)部分にすぎません。・・・たぶん。
要するに岩城さんには、自分の心の奥底にある、すべての感情を引きずり出されるんですね。そりゃあもうねえ、容赦のない厳しさです。美しい部分も、醜い部分も、すべてさらけ出される感じ。収拾がつかないというか、正直、怖いですよ(笑)。
・・・それって、夢やファンタジーの領域を超えてると思うのね(笑)。だから木原さんと「春抱き」は、同じレベルでは語れません。あしからず!