書きかけ、かも・・・(苦笑)。
「恋って、どうやって終わらせるんだっけ―――」
香藤の唐突な言葉に、俺はぎょっとして振り返った。
久しぶりに二人とも早く帰宅した、六月の夜。
素麺と冷しゃぶで、ごく簡単に済ませた夕食の後のことだった。
切子のビアグラスを食器棚に片づけていた香藤が、さらりと問いかけた言葉に、俺は絶句する。
リビングのソファで、新聞を広げようとしていた手が思わず止まった。
「なにを―――」
「・・・ってさー。いきなりそんなこと聞かれても、答えらんないよねー」
屈託のない口調。
「だいたいこの俺に、恋愛相談なんてしてくるほうが間違ってるよ。ハッピーラブラブ既婚者に、普通そんな話題、振らないでしょー。そう思わない?」
誰かに言われた言葉を、引用しただけだったのか。
「・・・なんだ」
「えー?」
「なんでもない」
安堵の吐息をつきかけてから、俺はあらためて、ひそかにキッチンを振り返った。
髪を後ろでひとつにまとめた、普段着の香藤。
かいがいしく家事をするその見慣れた姿を、俺は目で追った。
ノースリーブのシャツから伸びた腕についた筋肉の、力強い躍動感。
細身のデニムに包まれた下肢はしなやかだが、鋼のような堅さを秘めている。
それから、まっすぐな情熱。
強靭な意志と、あたたかい心。
―――惚れ惚れするほど、魅力的な男。
毎日いちばん傍でそれを見つめ、常に触れていても、永遠にその存在に馴れることはないだろうと思う。
「それは・・・」
香藤に、恋愛の相談を持ちかけた女性。
誰なのか見当もつかないが、それが若い女性であることを、俺は疑わなかった。
―――そして、もしかしたら。
単に親しいというだけでなく、香藤が昔つきあっていた女性かもしれない、ということも。
「ねえ、岩城さん?」
「・・・うわ!」
突然、目の前に香藤の顔があった。
不思議そうに瞬く茶色の瞳。
まじまじと覗き込まれて、俺は思わず声を上げた。
「こら、香藤・・・っ」
「そんなにびっくりしなくても」
苦笑して、香藤が俺の隣りに腰を下ろした。
「なにを考えてたの?」
いつもそうするように、するりと俺の腰に腕を廻して、甘えるように鼻先を俺のうなじに擦りつける。
「いや、別に・・・」
ほんのわずかに上擦った俺の声を、敏感に聞きとがめて。
「んー?」
半ばからかうように、香藤は俺を抱き寄せた。
「どしたの。なーんか、変なこと考えてるね?」
「変なことって・・・」
「ほら、そうやってごまかそうとする」
拗ねた子供をあやすような甘い声で、香藤が笑いかけた。
「誤魔化してなんか―――」
「いないって? ウソばっかり」
温かい指先が、俺の頬を撫でる。
心地よさに思わず目を閉じかけると、香藤が耳元で囁いた。
「もしかしてさっきの、気にしてるの?」
俺は首を横に振って、香藤の瞳を見返した。
「・・・それは・・・」
「フツーの仲間だよ。ただの共演者。それだけ」
―――そんなに簡単に、俺の心を読むな。
苦笑でほころんだ俺の唇に、香藤の親指が触れた。
「ん・・・」
無理にこじ開けるでもなく、焦らすように、指がなめらかに俺の下唇を滑っていく。
ちょん、と舌先で舐めると、香藤の含み笑いが聞こえた。
「・・・バカ」
ただの共演者じゃ、ないんだろうな。
心のどこかでそう感じたが、もうどうでもいいことだった。
「キスしてほしい?」
吐息まじりにそう問われて、俺は黙って頷いた。
香藤に疚しいことがないのは、他の誰よりも俺がよく知っている。
過去に何かあったのかもしれないし、なかったのかもしれない。
否定はやさしい嘘かもしれないし、そうではないかもしれない。
嘘だとしたら、それは俺のためだ。
―――結局どっちでもいいんだ、俺は。
逞しい腕に抱擁されながら、俺はひそかに苦笑した。
どうでもいいなら、何があっても香藤を信じるのなら、最初から反応しなければいいのに。
いい加減、そのくらい気を回せるようになりたいが、不器用な俺には難しい。
「岩城さん・・・」
甘い声で呼ばれて、俺はそっと頷いた。
2010年6月9日
香藤くん、お誕生日おめでとうございます!
ましゅまろんどん