●最新刊 その1
先日もご紹介した、綾辻行人さんの最新作です。
彼の「館」シリーズでは、9作目になるのかな?
速攻で読み終わっていたんですが、しばらくは余韻を堪能しておりました・・・(笑)。
まず、簡単にあらすじを>>
※ネタバレはありません。しませんよ、さすがに(笑)。
主人公の鹿谷門実(ししやかどみ、男性、筆名)はひょんな経緯で、東京の秘境にひっそりと建つ「奇面館」と呼ばれるお屋敷に出向くことになった。
そこは異端の建築家、中村青司(故人)が設計した建物。
奇面館は、先代の当主が蒐集した古今東西の仮面コレクションで知られていた。
正体不詳の招待客が何人か、そして使用人もすべて、当主の指示で異様な仮面をつけての晩餐である。
おりしも季節はずれの大吹雪が到来し、屋敷は雪に閉ざされた。
外界から遮断された奇面館で、今まさに恐ろしい惨劇が始まろうとしていた―――。
とまあ、こんな感じ。
あらすじというより、煽り文句みたいですね(汗)。
ちなみに>>
「館」シリーズと言うのは、綾辻さんの代表的な作品群のひとつ。
このシリーズでは、デビュー作「十角館の殺人」から一貫して、死亡した奇矯の天才建築家・中村青司の設計した屋敷がミステリーの舞台になっています。
やや「変化球」的な作品もあるけど、基本的にはすべて新本格物(後述)。
シリーズ後半になると伝奇ホラー要素というか、ゴシック・ロマン的色彩がやや強くなっています。
小説自体はそれぞれ独立していますが、共通する登場人物も複数いるので、できれば順番に読んでいくことをおススメします。
・・・さて。
「奇面館」のあらすじ紹介を読んで、どう思われますか?
「ひゃあ、面白そう!」
とわくわくする人もいるでしょうけど、
「・・・どんだけあり得ない(ご都合主義の)設定なんだよ(笑)」
と、理性的なツッコミを入れたくなる人も、多いのではないかと思います。
冷静に考えると、たしかに、わざとらしい(笑)。
読者を驚かせるような奇怪な殺人事件を起こすために、ミステリー作家が巧妙に仕組んだ舞台には、リアリティは得てして不足しがちです。
これはまあ、ある意味で「お約束」。
たとえばゲームやアニメの超現実的な設定と同じように(異星人が襲ってきたり、妖怪と暮らしたり)、「ここはそういう世界なんだな」と受け入れ、その上でストーリーに入っていけるかどうか。
与えられた設定条件の中で、遊べるかどうか。
それが、ミステリー好きとそうでない人の境目、かもしれませんね。
(古いたとえで恐縮ですが、スーパーマリオでも海のトリトンでも、まったく非現実的であるにもかかわらず、ひとは夢中になりますよね。あれと同じ感覚です。)
●最新刊 その2
さてさてこちらは、佐々木譲さんの人気作品。
ごく最近やっと、文庫版で登場しました。
単なる偶然ですが、二作とも「もう春だという時期に起きたけた外れの大雪」に立ち往生し、ひとつ屋根の下に閉じ込められた雑多な人間たちのドラマです。
それもただの雪じゃない、十年に一度の激しさで荒れ狂う猛吹雪(こっちの作品の設定は北海道)。
―――でも、共通点はここまで。
「奇面館」が言ってみれば大人のファンタジーなのとは対照的に、「暴雪圏」は徹頭徹尾、現実的な警察小説です。
強盗殺人犯や、出会い系サイトで不倫する人妻や、旅行中の夫婦や、思いつめた家出少女。
お互い何の関係のない、あくまで偶然そこに居合わせただけの普通の人間たち(強盗は普通じゃないと思いたいけど)が、一寸先も見えない暴風雪から逃れて、ほうほうの体で辿り着いたとあるペンション。
その町にたったひとり駐在する警察官に、さて、何ができるのか・・・?
クールで緊迫感の漂う群像劇、サスペンスって感じでしょうか。
作者の職人芸が冴える、とても読み応えのある小説です。
北海道の吹雪の凄まじさを、読んでるうちに体感できる本でもあります。
なお主人公=川久保巡査部長に、なぜか好意を抱いてしまうのが、この小説のミソ(笑)。
ごく常識的な駐在さんで、特にキャラが立っているわけじゃないんだけど、温かみがあるんですよね。
ヒーローと呼ぶには地味ですが、無事でいてほしいとドキドキするし、応援したくなる。
だからこのお話は、面白いんだと思います。
●さてさて
ここで、ちょっとマジメな話をすると。
「ミステリー」とひと口に言っても、その定義は実に広い・・・ようです。
※以下、あくまでわたしの理解する範囲内での説明です。
「このミステリーがすごい!」等のランキングを見てもわかりますが、広義のミステリーには、いわゆる「推理小説」以外にも、
☆ホラー・怪奇色の強いもの
☆冒険小説やサスペンス
☆歴史もの
☆犯罪小説
☆警察小説
などが含まれるようです。
スパイ・アクションものや、医療サスペンス、ゾンビ・妖怪ものまで、時には「ミステリー」のジャンルに入れられちゃうので、ホントなんでもあり。
そういう意味では、ミステリーならなんでも好きだとは、わたしはとても言えません(笑)。
で、その広いジャンルのひとつが、いわゆる(狭義の)ミステリー。
ものすごく大ざっぱに定義づけると、(殺人)事件が起きて、真相を解明しようとする人がいて、どこかの段階で読者はその犯人を知る。
―――というのが、最低限の要素じゃないかと思います。
それすら怪しいミステリーもたまにあるし、中には「倒叙ミステリー」といって、最初に犯人を明かしてしまうスタイルもありますけどね。
(TVドラマだけど、「刑事コロンボ」のシリーズは、多分いちばん有名な倒叙ものじゃないかな。)
狭義のミステリーのうち、「社会派」と呼ばれるのは、宮部みゆきさんの現代ものや高村薫さんの作品など。
現代社会のゆがみや陥穽(かんせい)をテーマにしたものが多く、要するに、いかにも実際に起こりそうなリアリティがポイントです。
あるいは、警鐘を鳴らす、という意味合いも。
評価の高い宮部みゆきさんの「火車」なんて、まさにその典型でしょう。
いわゆる警察小説も、「社会派」であることが多いですね。
社会派ミステリーは、往々にして、(新)本格ミステリーに対抗する存在・・・だと言われているようです。
で、ここでやっと、綾辻さんたちの「新本格」が出てくるわけです(笑)。
本格ミステリーとは何か?
―――というのは、大勢の人がさんざん議論してきたことらしいので、わたしみたいな素人が下手に説明しても、不毛かもしれません。
でも、「自分で調べてね♪」というのも、無責任なので(汗)。
わたしなりに解釈すると>>
古典的な、アガサ・クリスティやエラリー・クイーンみたいな推理小説、ということみたいです。
大邸宅とか、貴族や大富豪とか、使用人とか。
奇抜な殺人があって、不可解なヒントがあって、あやしい人ばっかりで。
・・・なんというか、お馴染みの設定ですよね。
いや、これじゃ不十分かなあ。
個人的には、密室ものや完全犯罪など、巧妙に仕組まれたトリックが存在し、それを探偵(役をつとめる誰か)が、厳密なロジックのみに基づいて解決していく。
いわば―――なんというか、数学的・科学的ロジックで見事に貫かれている小説、とでもいいましょうか。
数多くの「約束ごと」がきっちり盛り込まれていないと、作品としては不出来だと言われちゃう、そんな感じ。
作家にとっては「制約」ですね。
不可解に思われた複雑な謎が、鉄壁に見えたアリバイが、名探偵の洞察と推理によって鮮やかに、理路整然と暴かれる―――。
このカタルシスが、本格ミステリーの醍醐味なんですね(笑)。
(ちなみに「新」本格というのは、この手の古典的ミステリーの要素を持った小説を、1980年代~に発表した綾辻さんたちの総称です。)
で、さて。
技巧を凝らしたトリックも鉄壁に見えたアリバイも、たしかに読者の度肝を抜くけれど。
それが複雑怪奇であればあるほど、実現が難しければ難しいほど、現実社会から離れて行きますよね。
そして、人間の自然な感情からも。
一種の密室状態をつくりあげる「嵐の山荘」もの(今回の綾辻さんの作品がこれにあたる)も、インターネットやケータイが普及した今の時代、どうにも・・・嘘くさい(苦笑)。
(ちなみに綾辻さんの場合、設定を1990年代にすることでこの問題をひとまず回避しています。)
本格ミステリーの弱点は、ここ。
たとえば非常に斬新なトリックを思いつき、それがいかに奇想天外で面白くても、
「・・・でもさ、そんなめんどくさい仕掛け、わざわざつくる奴がいるか?」
「単純に、包丁で刺して逃走したほうが早くない?」
という「常識」というか「経験」というか、「庶民感覚」の壁の前では、撃沈することもあるんじゃないかと思います(苦笑)。
だからミステリー作家にとっては、本格の要素を満たしつつ、かつ小説として登場人物の言動になるべく(人間としての)リアリティ、説得力を持たせなくちゃいけない。
大変だと思いますよ、実際・・・(笑)。
って、ちょっと待て。
・・・わたし自身、何を言いたいのかわからなくなって来たぞ(爆)。
要するに、まとめると>>
理想の新本格ミステリー小説には、
☆ミステリーとしての技巧
☆人間を描く小説としての説得力
☆文学性(文章や表現の上手さ)
のすべてが必要だ、ってことでしょうか。
なんともまあ、高いハードルですね・・・(汗)。