●今日も
元気に寒かったですね。
いかにも冬の真っ最中、という感じでした。
でも花粉、飛んでるんですよね・・・(苦笑)。
いやな季節になって来ました。
●それにしても
酷い話だ。
「ゴーストライター」が語った代作の真相あまりにもひどい話で、もう本当に呆然としました。
脳内に浮かんだのは、映画「雨に唄えば」のかのシーンです。
(古いですね、ホント。)
美貌のプリマドンナ(口パク)の後ろ、劇場のカーテン越しに歌う美声の無名歌手=ヒロイン。
ヒロインの友人たちの企みで、熱唱の最中にするするとカーテンが開き―――。
まさに、あんな感じ。
この作曲家(ということになっていた人)は、何をした?
作曲してない、過去の経歴も嘘ばかり、周囲の人間を恫喝する。
(共同制作という可能性はありますが、今のところその証拠は出ていません。)
まして耳が聞こえないという「悲劇的な」「感動的な」設定も嘘らしい。
それなのに、名誉も賞賛もお金もすべて手にした。
ベートーベンの再来とまで謳われた。
みんな、虚構・・・???
こうなるといったい彼の人生(として語られている物語)の何がどこまで真実なのか。
被爆二世というのは本当・・・?
周囲の人間のうち、誰がどこまで知って(察して)いたのか・・・?
(時間をかけて密着取材をしたNHKは、早々に謝罪しましたよね。本当に気づかなかったのか?)
それを検証する作業が必要でしょうね。
もしかして、これは希代のペテン師なのか。
ゴーストライターの新垣さん。
「Singing in the rain」で言えば、デビー・レイノルズの役回り。
違うところは、彼自身でカーテンを開けた点でしょうか。
気の毒な側面もあるけれど、彼が「必要不可欠な共犯者」であった事実は変わらない。
彼が断っていれば、一連の事件は起こらなかったのだから。
ペナルティを受けるのは必至でしょうが、その後はフェアな評価を。
作曲家として評価されるなり、対価を受け取るなりすべきだろうと思う。
耳の聞こえない天才作曲家。
それがもしすべて虚構、演技だったとしたら・・・?
騙された人たちの怒りと悲しみは如何ばかりか。
知りながら口を噤んでいた人たちへの憤りは、言葉に尽くせないでしょう。
彼に感動し、勇気づけられた人たちは、行き場のない葛藤を抱えていることと思う。
もっとも感動を、金を返せと言えるのは、まだいい方かもしれない。
心底おどろき、傷ついた人も多いでしょう。
そして、まっとうな才能と精神を持ち、勉学に仕事に励む聴覚障害者のひとたちはどうなる?
(いや、これは聴覚に限りませんね。何らかのハンディキャップを背負って戦う人、すべて。)
「やっぱりね」
聞こえないのにあれができるはずがない、これがわかるはずがない。
そういう偏見を、今回の一件は助長してしまうかもしれないと危惧します。
芸術の世界には耳の聞こえない人、目の見えない人、四肢の不自由な人などが大勢いる。
「本当に自分でつくったの?」
なにもしていないのに、今回のことがきっかけで、疑念を持たれてしまう人もあるかもしれない。
だとしたら、本当に罪深いと思う。
もちろん芸術家ばかりでなく、ごく普通の一般人もね。
謂われのない偏見や差別を向けられて、からかわれて、いやな思いをするかもしれない。
迷惑では済まない問題でしょう。
※老婆心ながら言い添えると>>
聞こえなくても、まったく健常者と同じように話し振る舞う人はいます。
たとえ先天的なものであっても、そういう人はいます。
見た目はもちろん、発声やしゃべり方では(聞こえてないとは)とうてい思えない人。
だから
「おかしいと思ってたんだよね、あんな流暢にしゃべるのにさ」
(ネットの書き込みなど)
というのは、聴覚障害者への差別にあたると思います。
耳が聞こえないというのが嘘だとしたら、いろいろと付随する問題が出て来るでしょうね。
障害者手帳を持っているそうですが、それを持っていていいのか。
さまざまな補助金や優遇措置が取られているはずですが、その恩恵を受けていいのか。
これらは詳細待ち。
それから、彼の音楽。
作曲したのは別の人間であったとなれば、興味深いのはその評価です。
「どん底の苦しみを味わった人間でなければ書けない」
「魂の叫び」
などと絶賛された音楽の評価は、果たして変わるのか・・・?
昨日まで無名だった地味な大学非常勤講師の作品として新たに、フェアに判断されるのか。
今までと同じように持て囃され得るのか・・・?
誰が作曲しようが、音楽は音楽。
―――そう思いたいところですが、さて。
人間は、たとえそれがプロの評論家であっても、その音楽にまつわる情報に左右されるものです。
どこの誰がつくったのか。
それはどんな人なのか。
どういう状況で、何のために作られたのか。
そういう知識を持ちながら完全に切り離して、客観的に音だけを聴く・・・?
そんなことができるのか。
「目の見えないピアニストなんかもいるじゃないか。彼らへの評価はどうなんだ?」
反論もありそうですが、目が見えないのはちがうのでは・・・?
素人考えですが、音楽家にとって目が見えないのは「不便」だろうとは思う。
不便だけど、音が聴こえる以上、音楽性を磨き高めるハンデにはならない気がします。
だからこそ、音の聴こえなくなった音楽家=ベートーベンが偉大で、特殊な例なのだと思います。
あ、書き方が悪いですね(汗)。
「耳が聞こえないのに音楽を書いた(書けた)から」偉大なんじゃなくて、
「実際に、彼の創造した音楽が見事だから」偉大なのです。
勝手な想像ですが、もしベートーベンが今回の一件を聞いたら、烈火のごとく怒ると思うなあ。
いや、死ぬほど呆れるか。
ずっと難聴に苦しみ、絶望のあまり死をも考え、40歳ごろには全聾になった彼にしてみれば、
「聴こえるのに、わざと聴こえない人の振りをすることで名声を得た」
音楽家など、とうてい理解しがたいでしょう。
いや、音楽家でもないのか。
お話にならないということですね。。。
●もうひとつ
まったく別の業界だけど、同じように酷い話。
東京青山の億ション工事で最強トリオが引き起こした前代未聞の大失敗事業主は三菱地所レジデンス、設計監理は三菱地所設計。
建築施工者は鹿島建設、設備工事施工者は関電工。
素人目にもわかる、超のつく一流企業がズラリ。
平均価格が1.5億円に近い南青山の新築億ションに、とんでもない瑕疵が見つかったという事件です。
見つかったというよりも、内部告発で暴露されたというべきね。
ネット上の匿名の書き込みから騒ぎが広がり、関係者がそれを認めるというお粗末ぶり。
この春に引き渡し予定だったのですが、修理できるレベルではないらしく、契約解除になるそうです。
手付金を返すのは当然ですが、他にも莫大な迷惑料を支払うとか。
大雑把にいうと、配管や配線を通すための貫通孔が絶望的に足りなかった。
↓
全部で600ヶ所!も不足していたらしく、マンションが建ってからその欠陥に気づいた。
↓
慌てて、つじつま合わせのためにコンクリートを掘って貫通孔を開けた。
↓
あっちこっち穴を開けすぎて(鉄筋を切断したという説も)、耐震強度が低下。
↓
とても売れません、ごめんなさい。
怖いのは、これがネットへの書き込みから発覚したこと。
たまたま事情を知る誰かが、どういう理由かは知らないけどバラす気になったからニュースになった。
でもそのタレコミがなかったら、もしかしてそのまま販売してた・・・?
もうひとつ怖いのは、これが超リッチなマンション建築で起きたこと。
マンション業界のエリート集団?がこんなお粗末な仕事をした、というのが衝撃です。
これ、「唯一の例外」?
ホントに普通ならあり得ない、レアすぎてびっくりの事件なのか・・・?
案外、よくある事態だったりして・・・?
億ションでこの不始末なら、それよりはるかに下の価格帯の物件は大丈夫なの?
わたしたちはそれを知らない、知らされていないだけだったりして・・・?
疑心暗鬼というのは恐ろしい。
今回の事件が業界にもたらした不信感は相当なものでしょう。
「いい加減な外国の建築とちがって、日本の建物は丈夫。震災でも倒壊しなかった」
そんな安心感があったように思うけど、どうなることやら。
「うちは大丈夫?」
そんな不安を抱えているマンション住民は多いだろうと思います。
たとえ、別の業者の施工したものでもね。
つくづくひどい話だなあ。
ちなみに>>
今回の当事者たち、さて誰がどのくらい責任があるのか?
何百億円、いやそれ以上の損害をめぐって、血みどろの法廷闘争が繰り広げられるのか・・・?
あくまで勝手な憶測ですが、ないかもよ、と思いました。
普通ならこれで何年も訴訟になると思うのですが、なんせこの顔ぶれ。
常時どこかで(あちこちで)一緒に仕事をしてる会社同士なので、全面戦争になるとは思えない。
訴訟となるといろいろと都合の悪い証拠も提出され、公に晒されてしまいます。
結審まで時間もかかるし、絶対に自分が勝つ保証もない。
弁護士費用がかさむだけでなく、準備に時間も労力も奪われてしまう。
なにより、法廷でのあれこれがニュースになってこの件が再び注目されてしまう。
そういうのを考えあわせると、裁判はどうだろうなあ。
・・・と、思ってみたりして。
(専門家による仲裁はあり。というか契約書に規定があるのでは。)
●では、
またね。。。