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ぽよよん岩城さん。
こっそり更新しています。
相変わらず、です。
今日の日付のつもりで、数時間フライングしました(笑)。
小野塚くんと宮坂くんの
岩城さん “いじり” は、自分でもやりすぎたと思います。
あんな延々といじめる予定じゃなかったけど、ちょっと楽しすぎた・・・(汗)。
困ったり恥ずかしがったりする
岩城さん、実にツボです。
しかし、あれじゃなあ。
天才肌の研究者のはずが、まるっきりオツムが弱そうでマズイですね(爆)。
デフォルメにもほどがある。
・・・とは思いますが、そのあたりは笑って流してください。
加筆部分がとても多いので、全20回で終わる自信がなくなってきました。
しばらくまだ続く予定です。
楽しんでいただければ幸いです。
●先般
「人をだめにするソファ」
とか呼ばれる商品が、ネットで話題になりましたよね。
無印良品のビーンバッグ、みたいなものだったと記憶しています。
それとは違うけど、最近のわたしは、
“人をダメにするパンツ”
・・・に、はまりつつあります(笑)。
なんのことかというと、某うにくろの裏ボアのルームウェア。
メンズものです(もらいもの)。
一見ふつうのジャージというか、シンプルなスウェットパンツ。
つまらない、といっていいくらい地味なデザイン。
でも裏地にたっぷり、分厚いボアフリースがあしらわれていてねー。
これがもう、びっくりするくらい暖かい。
ホントにあったかい。
ぬっくぬくのもっこもこです(笑)。
下半身の冷えが気になるわたしには、まるで天国です。
※下に保温蓄熱効果のあるレギンス必須。
「素晴らしい・・・!」
フリースや裏起毛の室内着は以前から使用していますが、こんなにあったかいのは初めて。
「科学技術の発達とは、凄まじいものよのう・・・」
ぬくぬくすぎて、脱ぐのがツライ(汗)。
この暖かさを知ってしまうと、ほかのものを着られなくなる。
洗い替えがないから、洗濯中は不幸な気分を味わいます。
「アレがないと困るんだけど!」
ついに、逆ギレしそうになる始末。
欠点があるとすれば、まさに、あたたかすぎるところ。
矛盾してると思われるでしょうが、なまじ寒さをシャットアウトしてしまうため、
“そのままうっかり、暖房もつけない部屋で寝落ちしてしまう”
というのを、何度かやらかしました。
寒ければイヤでも起きてベッドに逃げ込むのに、それをせずに済んで?しまう。
結果、かえって風邪をひきそうになります(汗)。
・・・まずい。
人をダメにするパンツじゃないの、これ?
ひそかにそう思う今日この頃です。
●ああ、
これはなんとなく、わかるかも。
<母親>自分の母親は美しい? 調査で日本、突出して低くあくまでわたしの知る範囲で、ですが。
日本では往々にして、ときに過度に、母性を神聖視する傾向があるように思います。
それ自体は、悪いことじゃない。
母親を神聖化、あるいは偶像化してあがめ奉るのは、
“天照大神(アマテラスオオミカミ)を最高神とする神道の国”
的には、自然なことなのかもしれません。
一方で、「理想のお母さん」像のハードルが高すぎる、ような気もする。
お母さんはあれもこれもそれも、余裕でみーんなカンペキに出来てあたりまえ!
(そうあるべき!)
・・・みたいな。
お料理も上手でお弁当も毎日きれいにつくって、掃除も洗濯もカンペキで、
親戚やご近所づきあいもPTAも余裕でこなして、子供の勉強も見て、
ダンナの世話も遺漏なく、もちろん風邪も引かず怪我もせず、
家計のやりくりもカンペキで、おだやかで知的でヒステリーも起こさず、
おまけに、外で立派な仕事をして稼いで来る・・・とか???
スーパーウーマンにもほどがある(笑)。
女性がそういうのを(自主的に)目指すのはいいけど、
「そのくらいやって当然だ!」
とか、本気でいう人もいますよね(汗)。
そんな理想を押しつけられた日には、たいていの女性は音をあげるしかない。
その、ものすごーく高い理想のお母さん像。
実現できる人、どのくらいいるの???
・・・って。
非現実的すぎるんですよね。
超レアなスーパーウーマンにしかできないことを期待され、できなきゃ
「お母さん失格!」
の烙印を押されるなんて、たまったもんじゃありません。
どこの国にも、理想のお母さん像はあるけど、日本は特にカンペキを求める。
「お母さん」という存在に瑕疵を認めたがらない。
そんな印象です。
で、その “理想のお母さん” イメージ。
不思議なことに、そこに 「女性として魅力的」 ってのは含まれていないんですよね。
どこか、そういう気がします。
いや、
「妻として、母として、美しくあってほしい」
という(男性サイドの)願望はあるかもしれない、というか、ある。
でもそれは、世間一般の異性の目を引く、という意味ではない。
むしろ逆で、性的な魅力は嫌悪される傾向にある。
(お母さんがよその男性に色目をつかう、という意味じゃないよ!)
母としての気高い美しさは、一般的にいう「女性美」とはちがう、という認識なんでしょう。
ヨーロッパなんかにいると、
「妻であろうと母になろうと、オンナとして現役=性的な魅力があること=であるのが重要」
なんだなあ、としみじみ感じることがあります。
根本的に価値観がちがうんだな、と思うことも多々ありました。
(まあ、個人差もあれば例外もある、きわめて大ざっぱなくくりですが。)
母親に非現実的な理想を求めない一方で、
「いつでも、いつまでも、死ぬまで女性として魅力的であれ」
と期待されるというのも、それはそれでしんどいものかも・・・?
・・・などと。
つらつら考えてしまいました。
あれ。
もしかしてこれ、上の記事からずれてる?(汗)
●では、
またね。。。