大憲章と鎌倉幕府

●局地的に

すごい雨になっているようです。

広範囲で大気不安定 土砂災害など警戒

東京あたりはじめじめ湿気がすごいけど、今のところそれだけ。

降りそうで降らないどんより続き、そんな感じです。

浅間山 ごく小規模な噴火 引き続き警戒を

そして浅間山の噴火。

群馬は突風の被害もありましたよね。

竜巻かと思ったら、ダウンバーストとか?

どうなってるの、もう・・・(汗)。






●こんな

サイトを教えてもらいました。

http://weavesilk.com/

無料のオンライン・グラフィック(ドロー)ソフト、とでもいうのかな。

パレットで色をえらび、ポイントの数を選んで、あとはマウスでぐーるぐる。

かなり運任せですが、たまに面白い画像が出来上がります。



silk-mytest001ss.jpg


silk-mytest002ss.jpg


silk-mytest003ss.jpg



いや、なんてことないけど(汗)。

そういえば昔、うーんと子供のころ。

スピロデザイン、というオモチャがあったことを思い出しました。

ぐーるぐーる、丸い幾何学模様を描いていくツール。

お花のような、大輪の花火のような模様がエンドレスにできるやつ。

覚えてます?

あれ、好きだったなあ。

それと同じ感覚で、このSilkというソフトは遊べます。

なんか懐かしい(笑)。






●800年!

世界史で習った「マグナ・カルタ」制定800年

マグナ・カルタ

ラテン語です。

英語にすると the Great Charter で、和訳すると大憲章。

正式名称(の英語版)はもうちょっと長くて、「the Great Charter of the Liberties of England」です。


after-restoration-l.jpg


大英図書館の特集ページはこちら>>

http://www.bl.uk/magna-carta


マグナ・カルタとは何か?

ひと言でいうと、世界ではじめて、王権にも制限があることを宣言した法律。

世界中の憲法や人権宣言の根っこになった、人類の記念碑的な文書です。

イングランドの貴族が、

「いくら王だからって何でも好き勝手にできると思うなよ!」

と迫り、ジョン王に署名させたのが1215年の6月15日。

たとえ王様であっても、国家の法律には逆らえないこと。

議会の権限を認めること。

好き勝手に課税をしてはいけないこと。

市民の自由な貿易を認めること。

法律や裁判を経ずして、市民を逮捕したり財産を没収したりしてはいけないこと。

・・・などなど。

13世紀初頭に、これです。

すごいですよね。

ちなみに、このジョン王。

イギリス史では、史上最悪の王だとか言われています。

マグナ・カルタにサインしたから・・・ではなく、いろいろとやらかした人なので。

(彼の能力とは関係ない、不運な部分もあるんですけどね。)

圧倒的に評判がよろしくないせいか、ジョンと名のつく王様はイギリスでは彼ひとり。

ある意味、不幸な王様です。


なお>>

そのころ日本では、鎌倉幕府の初期。

1215年というと第3代将軍源実朝の時代で、執権は北条義時。

(実朝が鶴岡八幡宮で、甥の公暁に暗殺されたのが1219年のことです。)

「まるで発展のレベルがちがう!」

・・・って言いたくなりますが、さて。

実は案外そうでもないんじゃないかと、最近のわたしは思っています。

だって、鎌倉幕府ですよ。

鎌倉幕府歴史的意義というのは、ただひとつ。

それまで虐げられてきた関東武士が集団で立ち上がり、

「俺たちにも自治権を認めろ! 俺たちにも財産権(=土地の所有権)をくれ!」

と武力で迫り、王様―――日本の場合は天皇であり朝廷ですが―――にその権利を認めさせた。

それが、頼朝(を頂点とする武士たち)の成し遂げたことです。

武士の、武士による、武士のための政治。

それを目指したわけですから、マグナ・カルタにも負けないほどの思想的発展があった。

日本史上、革命的な転換点だった。

って、そう言っていいんじゃないかしら。

ましてその数年後、承久の乱が起こっています(1221年)。

ご存知のとおり、鎌倉幕府の存在が気に入らない後鳥羽上皇が、幕府にケンカを吹っ掛けた。

天皇家の権威を盾に、武士団を分断する巧妙な戦略をもって。

でも結果は、上皇の完敗でした。

勝負にならないほどあっけなく、朝廷側は大敗を喫した。

終戦後、どうなったか?

後鳥羽上皇をはじめとする首謀者の三上皇(とその皇子たち)は、すべて島流し。

彼らの荘園(私領)は没収され、幕府の支配下に。

上皇に味方した公家たちは軒並み処刑され、あるいは流罪になり、あるいは謹慎処分。

幕府は自分たちの傀儡となる新しい天皇を即位させた。

結果は、ウィキ先生いわく、

承久の乱ののち、朝廷は幕府に完全に従属した。

幕府は朝廷を監視し皇位継承も管理するようになり、朝廷は幕府を憚って細大もらさず

幕府に伺いを立てるようになった。院政の財政的基盤であった長講堂領や八条院領など

の所領も一旦幕府に没収され、(略)その最終的な所有権は幕府に帰属した。

承久の乱には、鎌倉と京都の二元政治を終わらせて武家政権を確立する意義があった”

ですよ。

日本という国を治める権力を朝廷は奪われ、なにごとも幕府の管理下に置かれるようになった。

つまり、革命です。

マグナ・カルタの成立とほぼ同時に、日本ではこれだけのことが起きていた。

武家による政治と、議会制民主主義(の卵)。

一見ずいぶんちがうけど、国のカタチを根本的に変える出来事だったのは同じ。

歴史的な意義という意味では、

「それまでの被差別階級が、武力をもって支配階級に躍り出た」

という意味で、日本のほうがスゴイかも?

まあ、日本の場合は法律まるで関係なしの、いわば「実行支配」です。

王権を制限するにあたって、「法の支配」をうたったマグナ・カルタ。

その近代性には、及ぶべくもありません。

とはいえ、鎌倉幕府もすごかったのよ、と。

それは大変革の時代だったのよ、と。

そう主張するのは、あながちまちがいじゃないと思うの・・・(笑)。






●というわけで

では、またね。。。


【16/06/2015 22:11】 社会・時事ニュース | Comments (0)
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する
雑想記☆カウンタ
(counting since 3 Dec 2006)
Tokyo station clock
ゆすらうめ☆カレンダー
降順 昇順 年別 プルダウン

09月 | 2017年10月 | 11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
恋する香藤くん鯉の池
ゆすらうめ☆タグクラウド

Tohaku collection
お天気は?
プロフィール

藤乃めい

Author:藤乃めい
ロンドン在住の自称☆ヘタレ甘々ほもえろ字書き(兼エッセイ&レビュー書き)。別名=ましゅまろんどん。

2008年秋より、出向で六本木に島流し中。

純愛☆官能大河ドラマ『春を抱いていた』をこよなく、果てしなく愛してます(笑)。岩城さん至上主義。寝ても醒めても岩城京介氏のことしか考えられず、日常生活に支障が出ることもしばしば(爆)。・・・いや、マジで。

常に人生破綻の危機に怯えつつ、今日も愛の溢れる純文学☆ほもえろ道の探求に精進してます(笑)。

ブログ内検索
案内板




『春抱き』を大好きな方なら、どなたでもご自由にお持ち帰りください。リンク用バナーではありませんので、ご連絡不要。直リンクはご遠慮くださいね。
ブロとも申請フォーム
ヒマつぶしゲーム