千代の富士、という現象

●そう。

彼がいなくなるなんて、信じない。

信じられない。

おじいちゃんじゃないんですよ。

親方として、相撲協会の理事として・・・いやまあ、そのへんはいろいろありましたが。

まだ現役でバリバリやってていい年頃です。

というか、やってたはずだ。

無念にも、病に倒れるまでは。

すい臓がんのばかやろう。

三津五郎さんのときもそうだったけど、なんで、なんで。

いなくなってはいけない人を連れて行くんだよ。

もうちょっと時間をくれてもいいじゃないか。



わりと評価から漏れがちだけど、千代の富士は指導者としてもすぐれている。

自分がスーパースターで天才だと、あれだよね。

後進を育てるという分野では、イマイチであることが多い。

でも、彼はちがった。

頭のよさ。

頭の回転の速さ。

見通しのきく、ある意味、敏すぎるというか、合理的すぎるというか。

そういう部分もあった。

すべて、あの時代の力士としては稀有なクオリティです。



偉大な、とてつもなく偉大で人気者であった特別な横綱。

不世出の人です。

ドラマに満ちた相撲人生で、誰をも魅了したと思う。

なにしろ、わたしみたいなガキ。

相撲なんぞにまったく興味のなかった小学生が、たしかね、学研の雑誌で見たのがはじめじゃないかなあ。

進研ゼミかな?

その辺はあいまいです。

「ごちねんだよ~♪」

というセリフとともに、にっこにこ笑顔の千代の富士がいました。

「なにこれ?」

こんなお相撲さんいるんだ。

なんせかっこいいものね。

ド素人が見てもわかる、あのすさまじい鍛え方。

スピード感。

インタビューがね、おもしろかった。

そのころのお相撲さんといえば、マイクを向けられても、大したしゃべりはできなかった。

むしろ無口でぶすっとしてるのがお相撲さん、みたいなイメージだった。

でも彼はちがった。

笑ったりすねたり、にやりと笑ってジョークで返してみたり。

実に新鮮な印象でした。

こんなお相撲さんいるんだ。

泣いてるときも、もちろん。

衝撃でした。



小さい。

早い。

そして強い。

でっかい相手に真っ向から挑むときの、あの視線で殺すような迫力。

しびれました。

相撲が「スポーツ」なのだと、意識したのも彼のおかげかも。

北の湖が、またね。

彼のせいではないけど、最高のヒール役でした。

今ならラスボス、と呼ばれてたでしょう。

千代の富士の前に立ちはだかる敵として、これ以上の存在感はなかった。



国技館に・・・あの頃はたぶん、蔵前だったと思うけど。

親に連れて行ってもらいました。

関脇だったころの千代の富士

会場の盛り上がりを今でも覚えています。



靖国神社にも行きました。

奉納相撲、というやつ。

ひとりで。

わたしはたぶん高校生か、いや、大学生になっていたかもしれない。

インターネットも携帯電話もないころの話です。

「ぴあ」(雑誌)すら買ってなかったわたしが、いったいどこで、どういうわけで、この行事を聞きつけたのか。

いまだにわかりません。

とにかく靖国神社に行けば、千代ちゃんに会える。

ライブで彼を見られる。

それだけを胸に、行きましたとも。

(なんで靖国神社にひとりで行けたのかも覚えてません。本当に。)

ものすごく目の前で、千代の富士を体験しました。

わお。

あの感動。

震えが来るほどだった。

カメラすら持ってなかったのが、今となっては惜しまれる。

でも、それでよかったのかも。

この頃はもう、黒のまわしでした。

最後のさいご。

力士たちが花道を引き揚げていくとき。

ひいきさんたちが、よくやった、という意味で彼らの肩や背中をたたくんだよね。

ぺちぺち、って。

(うんと後になって、あれをやられて不快になるお相撲さんもいると知りました。まあ、そうだろうなあ。)

で、わたしもやりに行きましたよ。

このときを逃したら、千代の富士に触れる機会なんてあるわけないと思って。

決死の覚悟で。

いま考えても、無謀だと思う。

しつこいですが、そのころのわたしは、今のような腐ったオバハンではありません。

正真正銘、うら若き乙女です。

青春まっさかり、つまり自意識過剰が服を着て歩いてるような状態。

そんな自分がよくも、慣れたふうのおじさんおばさんたちに混じって、千代の富士を触りに行ったもんだ。

その背中の感触を覚えて・・・いると書いたら、嘘になるだろうなあ。

時が経って、経ちすぎて、いろいろと忘れてしまってる。

冷たくて、固かった。

そんな印象。

ぼんやりとした記憶です。







●だから

千代の富士は、特別です。

客観的にも特別だけど、それだけじゃなくて。

わたしの若き日の記憶に、厳然と存在している。

見ていただけではなくて、ささやかではあっても、行動したからね。



昨日から、たくさんメールやコメントをいただきました。

千代ちゃんがいなくなったという事実に、衝撃を受けたひとたち。

悼むというより、茫然とした方たちが多かった。

わたしも同じです。

大ざっぱに同世代ですから、ね。

みなさんきっと、わたしと似たような経験をしてきたのでしょう。

平幕からあっという間に三役を駆け抜け、わりと遅く花開いた小兵横綱。

横綱になった年齢でいうと、むしろ高齢なほう。

人気は圧倒的でしたが、長くは続かないと思ってた人も多かったはず。

でも、ここからがすごかった。

千代の富士が異色なのは、強いから横綱になったからではなくて、

「横綱になってから、ますます強くなった」

という点でしょう。

あれよあれよという間に10回優勝し、20回優勝し。

誰にも止められないほどの高みに駆け上がった。

苦手な相手もいたものの、おおむね、角界に敵なし状態。

圧倒的なパワーで土俵に君臨し続けた。

孤高というのは、ああいうのをいうのでしょう。

強すぎてつまらない、と。

そういう人もいたものね。



そして・・・ああ、もう。

しゃべりだすときりがないので、今日はもうやめます。

哀悼のコメントを寄せてくださった皆様に、心から感謝します。

千代ちゃんを愛した、あの時代を懐かしむひとたち。

意外とたくさんいるものだと、心強く感じました。



千代の山ネタ、北の富士ネタ。

琴風ネタ、北勝海ネタ。

隆の里ネタ、北天祐ネタ。

子供のことや、奥さんのこと。

いわゆる星を買った買わないの話。

引退のきっかけとなった、あれ。

引退のときのセリフ。

一代年寄を断った話。

ロンドンのマダム・タッソーで遭遇した千代の富士(の蝋人形)。

・・・などなど。

書きたいことは、まだ山ほどあります。

いくらでも書けます、たぶん。

ですが、さすがにしつこいね。

ひとまずこれで終わります。

では、またね。。。



【01/08/2016 22:17】 スポーツ | Comments (0)
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Author:藤乃めい
ロンドン在住の自称☆ヘタレ甘々ほもえろ字書き(兼エッセイ&レビュー書き)。別名=ましゅまろんどん。

2008年秋より、出向で六本木に島流し中。

純愛☆官能大河ドラマ『春を抱いていた』をこよなく、果てしなく愛してます(笑)。岩城さん至上主義。寝ても醒めても岩城京介氏のことしか考えられず、日常生活に支障が出ることもしばしば(爆)。・・・いや、マジで。

常に人生破綻の危機に怯えつつ、今日も愛の溢れる純文学☆ほもえろ道の探求に精進してます(笑)。

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