幻の桜姫

●今日は

お能の 「船弁慶」(テレビ) を見た。

おもしろかった。

お能には独特の神秘性というか、決然とした品格がある。

その空気感は好き。

でも、きっとわたしなんぞには、半分も理解できていない。

・・・と思う。

(^~^;)

もうちょっと勉強したほうがいいんだろうけど。



庶民むけの娯楽だった歌舞伎のほうが、はるかに気楽です。

歌舞伎はね、純粋におもしろい。

ただ楽しめばいい。

大衆のためのエンターテインメント。

大正義。

(´艸`*)



問題は、四月の公演です。

孝夫ちゃんと玉さまの 『桜姫東文章』 ときけば、平静ではいられません。

なんてことだ。

なんてことだ。

もう二度と、生きて見られることはないと思ってました。

今ここで、もう一度、上演があるのか。

涙が出そう。

。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。

若き日のわたしはこれで歌舞伎にはまった、んじゃないかなあ。

(他にもいろいろあるので、ひとつの演目に特定できない。)

孝夫ちゃんと玉さまの全盛期、に近かったと思う。

たぶん。

チケットが手に入るなら見たい。

もちろん見たいです。

一抹の不安はないではないけど、それでも。







●これは

個人的な感覚なんですけど。

前も書いたかも。

わたしは、無理心中ということばが好きではない。

無理、というのは強制という意味だ。

つまり、亡くなった人間の誰かは一緒に死ぬことに同意していない。

それ、心中じゃないよね。

事情があるにせよ、ただの殺人ですよね。

心中というからには、亡くなった人すべてがその死に同意していなくては成立しない。

殺人者が後を追って、自ら命を絶ったとしても。

(自殺の是非については、ここでは置いておきます。)

多くの場合、背景には悲惨な現実がある。

自宅での介護に限界を感じたとか。

経済的に困窮して行く先を悲観したとか。

ものすごく深刻な、抜き差しならない事情があるのだろうとは思います。

でも、それでも。

特に、こどもの命を親が奪うかたちでの無理心中は、だめでしょう。

許せないと思ってしまう。



先日、ちいさなこどもが三人も亡くなりました。

殺されたらしい、というべきか。

その犯人は親ではないかといわれています。

(命はとりとめたようだ。)

報道は断片的なので、何が背景にあるかは知りません。

でも、心中とか未遂とかいってもらいたくない、よね。

殺人は殺人です。

きっちりお裁きを。

自分の子を手にかける権利なぞ、親にあるはずがない。

こどもの命を親のものだと思うやつは、いますぐシニタエロ。

そんぐらい、腹が立ってしまった。

「残していくこどもが不憫で・・・」

とかいう事情が、もしかしてあったとしても。

江戸時代以前ならいざ知らず、今は通用しない。

駄目でしょう。

こどもにはこどもの命があり、人生がある。

勝手に行く末を決めてはいけない。

未来をつみ取ってはいけない。

それはだめ。



では、またね。。。


【28/02/2021 23:18】 歌舞伎2013~ | CM (-)
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プロフィール

藤乃めい

Author:藤乃めい
ロンドン在住の自称☆ヘタレ甘々ほもえろ字書き(兼エッセイ&レビュー書き)。別名=ましゅまろんどん。

2008年秋より、出向で六本木に島流し中。

純愛☆官能大河ドラマ『春を抱いていた』をこよなく、果てしなく愛してます(笑)。岩城さん至上主義。寝ても醒めても岩城京介氏のことしか考えられず、日常生活に支障が出ることもしばしば(爆)。・・・いや、マジで。

常に人生破綻の危機に怯えつつ、今日も愛の溢れる純文学☆ほもえろ道の探求に精進してます(笑)。

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